ミルキィホームズの冒険 仮面だらけの古都
 




 二十里の説明に、シャーロックは目を丸くした。周囲へ目を配ると、ネロやコーデリア、エルキュールも同様だったが、アンリエットも軽く両目を見開いている。根津は目をしばたたかせて、二十里の方へ振り返った。そして石流へと目を向け、再び二十里へと顔を戻す。
「それ、怪盗ストーンリバーと同じじゃないんですか!?」
 コーデリアが息を呑むと、二十里はくるくると回りながらシャーロック達の席へと歩み寄った。
「怪盗ストーンリバーのトイズは、目を合わせた相手を人形化するよね? でも酒呑童子はちょっと違うんだ」
 そして足音高く彼女達の席を少しだけ通り過ぎ、華麗に一回転すると、石流が腰を下ろす椅子の背もたれ上部にもたれかかるように、白い片腕を載せた。
「彼の方は、「視界に入ったものを全て人形化」だったらしいんだよね。だからメデューサ・アイだとか魔眼だなんて呼ばれてたらしいけど」
 背後から覗き込むような格好になる二十里に、石流は手にした文庫本に視線を落としたまま、僅かに眉を寄せている。
「トイズの効果の解除条件も、やっぱり太陽の光だったらしいよ」
「全く同じじゃんか、それ」
 根津が漏らした感想に、コーデリアが小さく頷いている。
「むしろその強化版というか……上位版かしら?」
「でもさぁ、そんな無茶苦茶強いトイズじゃぁ、勝てるわけないじゃん?」
 ネロが大袈裟に肩をすくめると、二十里はネロを指さし、声を張り上げた。
「ところが、そんなことナッシングだったんだよ!」
 そして右の人差し指を立てたまま、顔の横でチチチと小さく左右に振る。
「さっき挙げた雷公探偵こと源頼華が、酒呑童子とバトルして、二回もそのトイズを打ち破ってるのさ」
「ええー?」
 意外な言葉に、多くの生徒達から「どうやって」と感嘆と戸惑いの声が挙がっている。その様子を見渡し、二十里は傍らで目を留めた。
「おや、君は知ってそうだね? エルキュール・バートン」
「あの、その、雷公探偵の本で……」
 手にした文庫本で顔の下半分を隠しながら、エルキュールは小さく頷いている。
「じゃ、ビューティホーなボクの代わりに答えてごらん」
「え、えぇ……?!」
 体を起こして指さす二十里に、エルキュールは強く眉を寄せた。助けを乞うように、眉を強く寄せてアンリエットへと目を向ける。しかしアンリエットは励ますように微笑を浮かべると、小さく頷き返した。
「あ、あの……っ」
 エルキュールは耳元まで真っ赤に染めながら、唇を開いた。
「さ、最初は……掌に隠し持ったコンパクトで……」
 しかし、囁くような声音は聞き取りにくかったのか、隣のボックス席の生徒から「きこえませーん」と手が挙がる。
「はうぅぅ……」
「エリーさん、頑張って下さい!」
 シャーロックが胸元で拳を握って応援するが、エルキュールの頬はますます赤くなり、涙目になっている。
「手鏡だ」
 俯いて狼狽える彼女に助け船を出すように、石流が顔を上げた。
「源頼華は、袖に手鏡を忍ばせていて、相手のトイズ発動に合わせて眼前に突きつけた」
 淡々と言葉を紡ぐと、二十里は軽く眉を広げた。
「なんだい、君も知ってたのかい?」
「雷公探偵の小説シリーズに載っているからな」
 その言葉に、隣席の赤縁眼鏡の女生徒が身を乗り出した。
「もしかして、石流さんも、エルキュールさんと同じ本を読まれているんですか?」
「あぁ。私が子供の頃に出ていた本だからな」
 女生徒を一瞥すると、石流はエルキュールの方へ目を移した。咎めるでもなく、静かに促す眼差しにようやく落ち着きを取り戻したのか、エルキュールはネロとコーデリア、シャーロックとアンリエットを見渡した。そして意を決したように小さな唇を開く。
「あの、二度目は、怪盗黒蜥蜴と協力したんです……」
 小声ではあるが、凛とした声音で言葉を続けていく。
「黒蜥蜴が雷公探偵のすぐ側に身を隠していて、雷公探偵の合図に合わせて、鏡のような薄い氷の壁を作ったんです」
「はい、よくできました」
 二十里は、誉めるように胸元で両手を軽く叩いている。
「だから、トイズは能力の強弱が全てじゃない。使い方次第なのさ!」
 そして手を止めると、生徒達を見渡した。
「ちなみに、今日行く予定の国立キョウト博物館。そこには、雷光探偵と酒呑童子、茨城童子のコンビが奪い合った絵巻の一部が、展示、保存されているんだよ」
 そう説明すると、二十里は、エルキュールの膝の上に載っている厚い文庫本を指さした。エルキュールが慌ててブックカバーを外すと、古今和歌集というタイトルと共に、長い黒髪の女性が描かれた表紙が現れる。
「これは小野小町だから、トウキョウの国立博物館の方にあるんだけど、同じシリーズの絵巻が、キョウトの国立博物館にも幾つかあるんだよ」
 二十里は、かつて一本の絵巻だったものが、描かれた人物と和歌ごとに分断され、日本中に散らばった経緯を簡単に説明した。
「他にも、怪盗紅葉に盗まれた平安時代の美術品などもあるらしいよ」
「なんでですか?」
 逮捕されず逃亡したままの怪盗が盗んだ獲物が、何故博物館にあるのか。シャーロックが素朴な疑問をぶつけると、二十里は苦笑を交えながら説明した。
 それらの美術品は、元々は寺社の宝物庫から盗まれ、個人に買われたものだったらしい。だが鬼面の怪盗達はそれらを奪うと、何故か元の神社や博物館に送りつけてきたということだった。
「当時猛威を振った彼らは、専ら個人宅から盗むばかりで、何故か博物館には手を出さなかった。だから当時は、そういった美術品がキョウトを中心に多数の博物館に寄せられたみたいだね」
 元の持ち主と買い取った者とで揉める事も多かったらしいが、結局は元の持ち主が勝利し、再度の盗難に備え、博物館に寄贈されたのだという。
 二十里の説明に、シャーロックは大きく首を傾げた。
「でも、どうしてそんなことをしてたんでしょう?」
「さぁ? そういう美学だったんじゃないのかな?」
 二十里は肩をすくめ、シャーロックを真似するように首を傾げ返している。
「そういえば、もう片方の茨城童子のトイズは何だったんですか?」
 コーデリアが尋ねると、二十里は腕を組んだ。
「それがね、記録に殆ど残ってないんだよ」
 右手を顎にあて、記憶を辿るように天井へと目を向けている。
「そうなんですか?」
「酒呑童子の記述ばかりで、茨城童子のトイズについては殆ど記載が残っていないんだ」
 あまり表に出てなかったせいもあるのかな、と二十里が小首を傾げると、傍らの石流が小さく息を吐いた。
「あらゆるトイズの効果を跳ね返す、カウンターのトイズだ」
「そうなのかい?」
 二十里が目をしばたたかせて石流を見下ろすと、彼は軽く眉を寄せている。
「さっきの雷公探偵シリーズに、そう明記されていた」
「へぇ。IDOの資料には、全然ナッシングだったのになァ」
 変なの、と二十里は笑っている。
 それから小さく咳払いをすると、生徒達に向かって再び口を開いた。
「さて、これらの探偵や怪盗が活躍していたのは30年ほど前だから……当然この美しいボクも生まれていないし、ユー達の親の世代だよね」
 そして、唇の両端を大きく持ち上げた。
「こうして見ると、君達の親の世代にも関わらず、探偵よりも怪盗の方が圧倒的に多いだろう?」
 しかも逮捕されているのは一人だけしかいない。だからIDOは探偵育成に力を入れるようになったのだと、二十里は言葉を続けた。
「その頃の探偵は、探偵の元に弟子入りして、師匠である探偵に認められて独り立ちするっていうシステムだったんだ。でもそれじゃぁ圧倒的に数が足りないし、タイムもかかりすぎるよね」
 だから探偵学院の設立という流れになったのだと、二十里は解説した。
「だから君達は、卒業したら記念すべきその一期生さ!」
 二十里は興奮した面もちで、声を弾ませた。
「卒業後の君達の頑張り次第では、これからも続く怪盗と探偵の美しい歴史の中に、きっと名を刻むことになるよ」
 頑張りたまえ、と微笑を浮かべている。
「探偵になることは難しい。でも探偵であり続けることはもっと難しい!」
 きりりとした眼差しで、二十里は生徒達を見つめた。
「怪物と戦う者は、そのことで自らも怪物にならぬよう心せよ。おまえが深淵を覗きこむとき、深淵もまたこちらを覗きこんでいる」
「哲学者フリードリヒ・ニーチェの「善悪の彼岸」にある言葉ですね」
 いつになく真面目な表情と声音の二十里に、アンリエットは小さく頷き返した。
「この「怪物」を「怪盗」に置き換えたら、君達ミルキィホームズにも分かりやすいかな?」
 少し小馬鹿にしたような眼差しで、二十里はシャーロック達四人を見下ろしている。
「どういう意味だよ、それ」
 失礼だなぁとネロが唇を尖らせると、根津が忍び笑いを漏らした。
「つまり、探偵ほど怪盗になりやすいという意味ですか?」
 コーデリアが細い眉を寄せると、二十里は肯定するように大きく頷く。
「そういえば、小林が解決した事件に堕探偵事件ってあったよね?」
 ネロの言葉に、二十里は大きく頷いた。
「探偵でありながら怪盗に堕ちるなど、あってはならないことだからね。怪盗になるのなら、最初から怪盗を目指すべきさ!」
 でなきゃ美しくないと、二十里は力説している。
「そういうものなんですかねー?」
「さぁ……」
 シャーロックの言葉に、アンリエットは苦笑を浮かべた。



ほーむ
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