「IDOの日本支部局はトウキョウにありますが、それに次ぐ規模の支部がヨコハマに出来たこと、怪盗への対策に探偵が動きやすい法整備を進めたこと、日本で唯一、IDOが設立した探偵学院があること。そしてそれらを進めた現市長が、かつて高名な名探偵だったから、です」 「パーフェクト!」 両手を膝の上に載せてすらすらと答える彼女に、二十里は満足げに手を叩いた。 「そのヨコハマ市長と同じ時期に日本で活躍した名探偵に、雷光探偵こと源頼華がいる。これは以前授業でやったよね」 その二つ名の通り雷のトイズを使う女探偵で、多くの怪盗を捕まえ、事件を解決したのだと二十里は簡潔に説明した。 「彼女に関しては、大分昔だけど小説や映画にもなっているからね。多少の誇張はあるだろうけど、興味があれば見てみたまえ」 その説明に、エルキュールがやや頬を紅潮させ、小さく何度も頷いた。おそらく本で読んだことがあるのだろう。彼女にしては珍しく顔を上げ、二十里の話に聞き入っている。 「逆に同時期の怪盗で有名どころだと、酒呑童子と茨城童子のコンビ、黒蜥蜴、魔天狼、鬼女紅葉(くれは)、怪盗男爵ビスコンテ」 二十里は指折りながら数え上げると、朗らかな声のトーンをやや落とした。 「だけどその中でも特に有名なのは、やはり怪盗Lかな」 そう告げると、二十里は深い蒼の瞳を細めた。 「というわけで今回は、かつて夜空を彩る綺羅星のごとく輝いた、美しき怪盗達の話をしよう」 常にハイテンションな彼にしては珍しく、どこか遠くを眺めるような微笑を浮かべている。 「怪盗Lはね、あれでもかつては己の美学に沿って、人を傷つけず、正々堂々と探偵と戦う怪盗だったのさ」 二十里はそう口にすると、窓辺へと視線を向けた。 怪盗Lに関しては、シャーロック達も一度だけ目の当たりにしたことがある。だが、直接対峙したのは教官である小林オペラのみと言った方が正しいだろう。 車外は、いつの間にか山に囲まれた田園から、ビルが建ち並ぶ景観へと変わっていた。新幹線は通過駅を一気に駆け抜け、真っ暗なトンネルへと突入していく。 窓ガラスに、上半身裸で佇む二十里の姿と、彼の話に注視する生徒達の様子が反射した。二十里はそれに目を留めて満足げに頷いたが、新幹線はトンネルをすぐに抜け、青空と灰色の防音壁が並ぶ景観へと戻る。 二十里は己の姿が映らなくなった事に不満げに唇を尖らせると、いつもの朗らかな声音を挙げた。 「怪盗の美学といえば、怪盗男爵ビスコンテも忘れちゃいけないね。彼もまた己の美学に拘る美しき怪盗さ!」 ビスコンテは、かつての怪盗Lのように、毎回きちんと予告状を出していたのだという。 探偵もそうだが、怪盗は特に、己のトイズに頼りがちな傾向がある。だがビスコンテは、トイズを使った形跡を残さず盗みを成功させていたらしい。故に、毎回手品を使うように警察や探偵を翻弄させていた事から、天才的と称えられるということだった。 「結局未だに、何のトイズを持っているか特定されていないんだよね」 楽しそうに笑いながら、マダム・ビスコンテと称する女怪盗と共に二人で活動していた時期もあると、二十里は補足した。 「でも8年前の事件を最後に、姿を見せなくなったんだよ」 だから夫婦揃って引退したのかもね、と二十里は肩をすくめた。 新幹線は轟々と唸り、再びトンネルへと潜っていく。 「次に、怪盗・魔天狼。さっき挙げた怪盗達の中で唯一、彼だけが未だに現役なんだ」 トイズで風を操り、空中を自由に飛び回りながら、トウキョウをテリトリーとして活動中だと二十里が語ると、ミルキィホームズはそれぞれ顔を見合わせた。 「魔天狼は知ってます! 金色の仮面を被って、変な台詞を喋りながら飛んでいく怪盗ですよねー?」 「ん? まるで見たことがあるような口振りだね?」 シャーロックが勢い良く片手を挙げると、二十里は目をしばたたかせた。 「あの、ラード事件の少し前に……」 「ストーンリバーと戦ってたよ!」 コーデリアが唇を開くと、あっけらかんとした口調でネロが口を挟む。二十里は彼女達の証言に目を丸くすると、傍らの石流を見下ろした。根津もそれに釣られたように、二十里と石流を見比べ、目を瞬かせている。 「そうなのかい?」 石流は我関せずといった面もちで、広げた文庫本に視線を落としていた。が、二十里の言葉に顔を上げると、切れ長の瞳を返す。 「魔天狼は怪盗帝国がヨコハマに不在中、二度ヨコハマに侵入して盗みに成功している。だが二度目の時は、獲物が偽物にすり替えられているのに気付いて、その場で警察に返して逃げたらしい」 そういう記事をどこかで読んだ覚えがあると石流が口にすると、エルキュールが同意するように小さく、そして何度も頷いた。それを補足するように、ネロが「ボク達その現場に居たよ!」と声を弾ませる。 二十里は石流からミルキィホームズへと目を移すと、僅かに首を傾げた。 「つまり君達は、魔天狼の逮捕に失敗したってことだよね?」 その指摘に、シャーロックは肩を落とした。 「それは、そのぅ……」 「ええと……まぁ……」 コーデリアはうなだれ、ネロは腕を組んでそっぽを向いている。 「ボク達のせいじゃないしィ」 「あの……すみません……」 エルキュールが俯くと、アンリエットは軽く溜め息を吐いた。そして石流へと顔を向け、僅かに眉を寄せている。 「その件は初耳ですわね」 「申し訳ありません。慌ただしさにすっかり失念していまして……」 「まぁ、その話は後で聞かせて貰うとしましょう」 アンリエットが二十里を促すと、二十里は僅かに肩をすくめた。 「じゃぁ、気を取り直して話を続けようか」 唇の両端を持ち上げ、踊るように通路を進んでいく。 「その時代の女怪盗といえば、やっぱり黒蜥蜴かな。彼女のトイズは、あらゆるものを凍らせる「凍り」のトイズだったから、絶対零度の女王なんて二つ名があったみたいだよ」 たとえ燃え盛る炎であっても、一瞬でその形に凍らせる程に強力なトイズだったという。美しいものを盗む事に拘り、世界中で暴れていたが、25年前に雷光探偵に逮捕されて服役してからは、怪盗業からは足を洗っているらしい。 「今はヨコハマでバーを経営してるって噂があるけどね」 ホントかどうかは知らないよ、と二十里は腕を組むと、生徒達を見渡した。 「同じく女怪盗に、鬼女・紅葉がいる。なんで鬼女って呼ばれているかというと、長い二本の角が生えた、般若みたいな鬼の面を被っていたからなんだ」 「紅葉」と書いて「くれは」と読むのだと、二十里は説明した。紅葉柄の赤い着物姿で、東アジアを中心に活動していたという。 「トイズは、怪盗アルセーヌのように幻を見せるタイプだと言われている」 「……言われている?」 断定ではなく伝聞調な説明にシャーロックが首を傾げると、二十里は組んでいた腕を解いた。 「証言が曖昧で、確定されていないんだよ。本人も自分のトイズについて明言していないままだし、未だに逮捕されてないからね」 これまでの事件に関わった警察官や探偵の証言によれば、人間に幻を見せる能力なのは間違いないそうなのだが、それがただの幻ではなく、実体を伴う事も多々あったという。 「例えば、警備している部屋が水浸しになるとするだろう? 怪盗アルセーヌのトイズだと、その効果が切れると最初の状態に戻るから、実は幻惑でしたって分かるけど、紅葉の場合は、本当に周囲が濡れていたらしいんだ」 だからトイズだけでなく怪しげな術を使うという噂もあったと、二十里は語った。 「その場合、狐みたいな大きな尻尾が五本も生えていたって証言もあったみたいだけど」 まさに狐に化かされた状態になったらしく、それ故に幻影のトイズだと評されているのだと二十里は説明した。 「一時期、酒呑童子と一緒に活動していたようだけど、彼女も10年程前に姿を消して、それきりだね」 二十里は右の人差し指を唇へと持ち上げると、小さく頷いた。 「最後に酒呑童子と茨城童子。彼らは二人組の怪盗で、和風の出で立ちにそれぞれ赤と黒の鬼面を被っていたんだ」 そしてやや垂れた蒼い瞳を細めると、唇の両端を持ち上げる。 「酒呑童子のトイズは、見たモノを全て人形のように硬直化させる能力だったらしいよ」 「え?」 |