ミルキィホームズの冒険 仮面だらけの古都
 




「やはりシャーロックが言ったように、この車両に私達以外を乗せたくなかった……と見るべきでしょう」
「どうしてですか?」
 シャーロックは、アンリエットへ身を乗り出した。その鼻先にふくよかな胸元が当たり、軽く弾き返される。鼻先を押さえるシャーロックに、アンリエットは申し訳なさげな表情を浮かべていたが、すっと目を細めた。
「生徒の振りをして混じっている者がいないか、チェックする為ではないでしょうか」
 その推理に、生徒たちは顔を見合わせた。
「どうしてそんな事を……?」
「だって、そんな子がいたら、私達にはすぐ分かるじゃないですか」
 エルキュールの言葉に続けるように、コーデリアも身を乗り出した。しかしアンリエットは「そうですね」と頷き返すだけで、何か心当たりでもあるのか、柳眉を寄せて険しい表情を浮かべている。
「それにさぁ、確認って、どうやってそれをするのさ?」
 ポテトチップスの袋を空にし、指先を舐めながら尋ねるネロに、石流が口を運んだ。
「座席を容易に確認でき、且つ通路を何度通っても全く怪しまれない者がいるだろう」
 淡々とした言葉に閃くものがあったのか、エルキュールが大きく目を見開いた。
「あの、それって……車掌さん……?」
 戸惑い混じりの小声に、シャーロックはヨコハマを出てすぐに、車掌が切符の確認をしに来た事を思い出した。
 その時は、石流が代表して車掌に全員分の切符を渡し、車掌は手元の小さな機械を操作しつつ、丁寧にチェックを入れていた。そしてそれが終わると、優しげな微笑を生徒達に向けて「よい旅を」と次の車両へと移動している。
「あと車内販売員もだよネ」
 エルキュールの発言に同意するように、二十里が小さく頷いた。
 車掌が切符の確認に来て暫くしてから、女性の車内販売員がやってきている。その時数人の生徒が、彼女からジュースやお菓子を買っていたはずだ。
「証拠はない。ただそういう可能性もあるというだけだ」
 戸惑う生徒達を落ち着かせるように石流が淡々と補足すると、アンリエットは微笑と共に唇を開いた。
「以上の事から、これらを行えるのは、個人よりも何らかの組織と考えられます」
 その結論に、シャーロック達は「なるほど」と大きく頷いた。
「でも、怪盗帝国のわけはないしなぁ」
 アイツらはこんな面倒な事はしないし、そもそも旅行についてくるはずがないし……と腕を組んで考え込むネロを横目に、根津がぽつりと漏らした。
「まさか、捨陰天狗党……?」
「え? なんで?」
 その呟きに、ネロは大きく目を瞬かせている。
「あっ、いやその、何となくというか……。ほら、キョウトだし?!」
 頬をひきつらせる根津に、コーデリアは記憶を辿るように首を傾けた。
「でも私達って、関わりはないわよね?」
 キョウトに行ったことはないもの、と言葉を続けている。
「もしかして、この中に関わりのある人がいるんですかねー?」
 何気なく口にしたシャーロックの一言に、車内がしんと静まった。そして生徒達の幾つかの視線が、二十里の真後ろの席に腰を下ろす安部へと注がれる。
「あ、いや、私は捨陰天狗党員ではないぞ!」
 視線に気付いた安部が、反射的に座席から飛び上がった。そして水干のように改造した制服の袖をひらひらと揺らしながら、大げさな身振りで否定している。
「そういや安部って、キョウト出身だったっけ」
「だから違うと言ってるじゃないかぁ」
 茶化すように笑い飛ばすネロと、大袈裟に肩を落とす安部のやりとりに、生徒達の間から小さな笑い声が漏れてくる。
「安部君じゃなくても、家族の誰かが捨陰だったりして」
 なんちゃって、と冗談めかして笑うシャーロックに、安部は大きく目を見開いている。
「あ……え、えええ?!」
 そして頬に両手をあて、シャーロックを見返した。
「私には兄が一人いて、実家の神社を継ぐべくオオサカの大学にキョウトから通っているのだが、そういえば……」
 そこで口ごもり、何か思い当たる事があるのか、頬をひきつらせた。
「最近、スカウトされて何かの見習いをしているという話を聞いたような、聞いてないような……」
「それじゃないの?」
 ネロがずばりと指摘すると、安部はムンクの叫びのように、頬に両手をあてて顔をひきつらせた。
「ええええ、いや、だがしかし……」
 立ち上がったまま大きく体を揺らす安部に、再び小さな笑い声が漏れてくる。
 生徒達も本気で安部を疑っているわけではないし、安部もそれは察しているのだろう。隣席のブー太が「ミルキィホームズの言うことだブー」となだめて座らせ、その言葉を耳にしたネロが「失礼だなぁ」と混ぜっ返している。
「まぁ、これはあくまで推測ですから」
 再び賑やかさを取り戻した車内に、アンリエットは微笑を浮かべた。
 二十里は上半身裸で通路に立ったまま、モデルのようなポーズを取っている。
「というわけで、思っていた以上に君達がダメダメだから、ランチ前に、ここ数日京都の予習でやってなかった近代探偵史の授業をやるよっ」
「ええええ?!」
 二十里の宣言に、生徒達は一斉に抗議の声を挙げた。
「な、なんでですかー?!」
「シャラーップ!!」
 二十里は一喝し、生徒達を押し黙らせる。
「ダメダメなのはミルキィホームズだけでたくさんさ!」
 上半身裸でくるくると回る二十里に、シャーロックは顔を曇らせた。
「ヒドい言われようですぅ」
「くそっ、ミルキィホームズなんかと一緒くたにされた……」
 根津は屈辱だと言わんばかりに頭を抱えている。
「やーいやーい、根津もダメダメだぁ」
 妙に嬉しそうにはやし立てるネロに、根津は目を剥いた。
「お前もダメダメだろーが! このダメダメホームズ!」
「なんだよ、ダメダメ根津ぅ!」
「ダメダメダメ譲崎!」
「ダメダメダメ根津!」
 徐々にヒートアップしていく様に、アンリエットが柳眉を寄せた。
「いい加減にしなさい、二人とも」
「だってアンリエット様、こいつが……っ」
「そうだよ、悪いのは根津だよっ」
 根津とネロはお互いを指さし、アンリエットに抗議の眼差しを向けた。が、微笑を浮かべながらも鋭い眼差しを返すアンリエットに、二人ともばつが悪そうに押し黙る。
 二十里は、胸元で大きく手を叩いた。パン、と乾いた音が車内に響く。
「ヨコハマが偵都と呼ばれるようになった理由は、前に授業でやったよね?」
 そう尋ねると、眼帯の少女が片手を挙げた。いつもは学校指定のジャージ姿の彼女も、今日は学院の黒い制服を着用している。
 二十里が彼女を促すと、座席から立ち上がろうとした。が、それを二十里が片手で制すると、戸惑った面もちで腰を下ろし直し、唇を開く。



ほーむ
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