「君ってさ、まだ隠している事があるよね?」 しかし、石流の表情は動かない。 「アンリエット様が出した数字のやりとり、男の方って君でしょ」 片目を閉じて指摘すると、石流はいつもの澄ました顔を保っている。それを肯定の意味と受け取って、二十里は推論を口にした。 「とすると、君が関わっていてアンリエット様が目にするといったら……旅行会社とのFAX辺りじゃないかい?」 腕を組み、再び壁に背を預ける。 「それにあの数字、最初はともかく最後の三つの数字は、明らかにボク達が気付く前提じゃないのかな?」 だが、石流は肯定も否定もしない。二十里は軽く肩をすくめると、言葉を続けた。 「どうして君は、古今和歌集のあの歌に百人一首で返したんだい?」 百人一首にも選集された紀貫之の歌は、元は古今和歌集に収録されているものだった。だからそのまま1111分の幾つで返せばいいはずだし、石流は古今和歌集の本を持っているのだから、その数字が分からないはずがない。 ボクはそこが気になるね、と二十里が告げると、石流はようやく唇を開いた。 「貴様は、42/1111とあって、すぐに古今集の紀貫之のあの歌だと推測できるか?」 「正直にいえばノーだね」 二十里は両手を軽く持ち上げ、降参のポーズを取った。そしてその格好のまま、眉をひそめる。 「まさか君は、ボク達……いや、アンリエット様に気付いて頂く為に、そうしたとでも?」 「そちらの方が頭に全部入っているから、楽だというのもあるがな」 石流は吐息と共に吐き出すと、視線を床に落とした。その眼差しから感情は読みとれなかったが、口から吐き出された言葉は妙に言い訳じみている。 彼の意図を把握しかね、二十里は小さく首を捻った。そして軽く上げていた両腕を下ろし、腰へとあてる。 「シャーロックも不思議がっていたよ。どうして最初だけ古今集のあの歌なんだろうって」 理由があるのかと尋ねると、石流は強く眉を寄せ、唇を固く結んだまま床を睨みつけた。 しばらく無言が続き、二十里は金色の前髪を指先でいじった。おそらくこれ以上話すつもりはないのだろう。 「ふぅん? まぁいいけど」 後で実物を確認してみようと、二十里は曲げた指先でこめかみを軽く叩いた。そして石流を見下ろしたまま、再び口を開く。 「ところで、最近キョウトに関して妙な噂が出回ってるのは知ってるかい?」 話の矛先を変えると、石流は無言で二十里を見上げた。 「キョウトの地下には凄い宝……それこそ不老不死になれる秘宝が隠されている、捨陰はそれを護ってるってね」 放課後、教室で出た話題を簡単に説明すると、石流は露骨に眉をひそめた。 「不老不死や永遠の命など、あるわけがなかろう」 「噂だよ、あくまで噂」 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる石流に、二十里は軽く肩をすくめた。常に冷静さを保っている彼にしては珍しく、声音や眼差しに、怒りや不愉快といった負の感情が露わになっている。 「……あの時、さ」 二十里は敢えてぼかした表現で、アルセーヌと戦った時の事を口にした。 「あの時君は、この学院の地下にお宝があるんじゃないかって推測してたよね。それは、実際に地下にお宝がある場所を知っていたからじゃないのかい?」 密かに抱いていた推論を口にすると、石流は僅かに瞳を揺らしている。 「へぇ。噂もあながち荒唐無稽ってわけじゃなさそうだね?」 二十里が小さく笑うと、石流は琥珀の瞳に怒りを露わにした。 「……貴様、何を考えている」 「別に? 怪盗として「捨陰の宝」に興味があるだけさ」 低く唸るような声音に、二十里は興味深げな眼差しを返した。 「そりゃ、アルセーヌ様の命令がなきゃ、手出しする気は全くナッシングだよ? でも」 睨みつけてくる石流に弁解するように両手を軽く上げ、肩をすくめてみせる。 「この話を生徒達から聞いた時、アンリエット様は興味なさそうだったよ。変わることのない永遠を手に入れたってつまらないですわって」 その話に石流は軽く両目を見開いていたが、やがて眦を緩め、安堵したような吐息を漏らした。 「そうか……あのお方らしいな」 「でも、もしアルセーヌ様がその宝を欲しいって仰ったら、君はどうするつもりだい?」 「お止めする」 二十里の何気ない問いに、石流は即答した。 「この命に代えても……いや、例えどんな手段を用いてでも、絶対にお止めする」 膝上の拳を握り、決意に満ちた眼差しと声音を返す石流は、「あの時」と同じ表情を浮かべている。 「それは君が元捨陰だから?」 「いいや、違う」 二十里が軽く両目を見開くと、石流は静かな口調で否定した。 「アルセーヌ様は、私にとって大切な方だからだ」 そして琥珀の瞳を細め、彼が滅多に見せることのない、柔らかな笑みを浮かべた。 「私はあの方の強大な力と、怪盗としての志と気高さに惹かれた。だからこそあの方に付き従い、護りたいと思った」 石流は眉間に皺を寄せると、目を伏せた。 「だが、もしアレを手に入れたとしても、アルセーヌ様は決して幸せにはなれない。だからお止めするのだ」 口調は穏やかだったが、強く眉を寄せた石流の表情は、泣き出す寸前にも見える。その表情と言葉の内容の不可解さに、二十里は顔をしかめた。 「手に入れてもハッピーになれないお宝? どういう事だい?」 その問いに、石流は顔を上げた。眉間の皺をさらに深くし、奥歯を噛みしめている。 「あそこにあるのは……あれは、宝などではない」 そして険しい眼差しで二十里を見据えると、声を潜めた。 「アレは、呪いだ」 |