執務室の前を過ぎ、開け放たれたままの扉から中を覗くと、二十里が教卓の横にある自分の席で、赤ペンを走らせていた。おそらく午前中に行ったテストの採点だろう。 そしてそこから少し離れた教室の中央辺りに、根津、安部、ブー太、そして眼帯にジャージ姿の女生徒と赤縁眼鏡の女生徒、ツインテールに水色のリボンをつけた女生徒が雑談をしていた。 いつもならまだミルキィホームズも教室に残っている時間だが、その姿はない。アンリエットが訝しんでいると、彼女に気付いた根津が、机に腰掛けたまま顔を向けた。 「あれ、アンリエット様、さっきミルキィホームズが探してましたよ」 「あら、そうですの?」 アンリエットは執務室と教室の境にあるガラス戸へ顔を向けたが、執務室には誰も居ない。 「入れ違いになったみたいですわね」 軽く溜め息を吐くと、眼帯の女生徒が小さく首を傾げた。 「今までどちらに?」 「石流さんに用事があったものですがら、厨房の方へ」 アンリエットは教室へ足を踏み入れ、ゆっくりと彼らに歩み寄った。 「研修旅行のしおりを作って頂こうと思いまして」 「あー、そういや旅行中の見学先やルートって石流さんが決めてるんだっけ?」 何気なく吐き出された根津の言葉に、赤縁眼鏡の女生徒が興味津々な眼差しを向けている。 「そうなの?」 「うん、なんかキョウトには詳しそうだからって、アンリエット様が」 そう返しながら、根津は傍らを過ぎていくアンリエットへ目を向けた。その視線を受け、アンリエットは彼の傍らで足を止めると、皆に向けて小さく頷く。 「旅行会社と相談しながらですけどね。先程向こうから決定稿が送られてきましたので」 「おや、するとアレで本決まりですか」 顔を上げた二十里に、アンリエットは頷き返した。 「ところで、ミルキィホームズは何と?」 彼女たちの方から自分に用事があるというのは珍しい。アンリエットが小さく首を傾げていると、根津が口を開いた。 「研修旅行中、飼ってるあのぶさ猫をどうようって」 「あぁ、あの子ですか」 シャロが「かまぼこ」と名付けている三毛猫は、仮宿舎でも彼女たちと一緒に暮らしている。決して美猫ではないが、愛嬌のある顔立ちと体型は、アンリエットも嫌いではなかった。 「そういえばすっかり忘れていましたわね」 ゲージに入れれば新幹線にも乗せられるとはいえ、流石に研修旅行にまで同行させるわけにはいかないだろう。 アンリエットは、大きめの胸を乗せるように両腕を組んだ。 今までは、ミルキィホームズが数日間学院を空ける事があっても学院そのものは動いていたから、彼女たちが留守中でも食事には困っていないようだった。生徒達がパンやにぼしをこっそり分け与えている光景を、アンリエットは何度か目にした覚えがある。 だが今回の研修旅行では、学院が完全に空となる。いつも通り放置するのは流石にまずいだろう。 「石流さんに猫用の扉を部屋のドアに付けて貰うか、G4の銭形のトコに預かって貰おうかって相談してましたよ」 眉を軽く寄せるアンリエットに、根津が言葉を続けた。 「どうして銭形さんに?」 「猫、いっぱい飼ってるんだそうです」 そう補足したのは、赤縁眼鏡の女生徒だ。 「でしたら、夕食の時にでもミルキィホームズに確認しないといけませんわね」 アンリエットは軽く吐息を漏らすと、再び胸元で腕を組んだ。もしかしたら、ミルキィホームズはヨコハマ警察まで出掛けたのかもしれない。 ならば彼女たちの用事はとりあえず夕食時に聞くとして、アンリエットは根津の横にいる安部へと目を向けた。 彼は、石流同様キョウト育ちーーというよりもこの国の生まれだから、自分たちよりは百人一首には詳しいだろう。 石流が自分にした説明を疑っているわけではない。しかし、石流が言った通り彼が狙われているのであれば、あらゆる可能性を考慮して、様々な解釈を検討してみるべきだろう。 それにここにいる生徒達も、根津以外はミルキィホームズ同様に探偵を目指している。だから怪盗である自分達とは違う着眼点を持っているかもしれない。 アンリエットの視線に気付いた安部が、緊張した面もちを向けた。 「な、何でしょうか、会長」 「ええ、ちょっと貴方にお尋ねしたい事がありまして」 上擦った声を漏らす安部に、アンリエットは柔らかな笑みを返した。 「キョウトで100と言えば何がありますか?」 「え?100ですか?」 安部は腕を組むと、微かに首を傾けた。 「百万遍という地名があります」 そして天井へ目をやりながら、言葉を続けた。 「あとは……そうですね、先程授業で二十里先生がちらっと話していた百人一首でしょうか」 それ以外はちょっと思いつきませんと頭を下げる安部に、アンリエットは「有り難うございます」と小さく頷いた。 「あの、それが何か?」 「ええ、ちょっと気になる事があったものですから」 アンリエットは教壇まで歩み寄ると、白のチョークを手に取った。そして、FAXにあった八つの数字と、石流が口にした数字を書き綴った。そしてFAXにあったように81/100だけ丸で囲った。 335/1111、30/100、81/100、38/100、20/100 35/100、84/100、63/100 「皆さんはこの数字が何だと思いますか?」 生徒達は一様に目を丸くし、黒板に書かれた数字を凝視している。二十里は片手でペンを弄びながら、細い眉を軽く寄せた。 「アンリエット様、なにこれ?」 根津が大きく首を傾げている。他の生徒達も同様にきょとんとしているが、安部と眼帯の女生徒は、思い当たる節があるように思案している。 「……もしかして百人一首ですか?」 眼帯の女生徒が口にした言葉に、安部も同意するように頷いた。 「下の100が百人一首であることを、上の数字が歌番号を指しているように思うのですが」 「やはりそう思いますか」 アンリエットは、手にしたチョークを静かに置いた。 「上と下の数字は対応するのですか?」 「ええ、どうやらそのようです」 赤縁眼鏡の女生徒の質問に、アンリエットは小さく頷いた。 「上は女性、下はそれに対する男性からの返しだと思ってください」 そして上の最初の数字だけ古今和歌集を示したものらしく、最後だけ三つでひとまとめなのだと説明した。 「それで、これはどういう……?」 眼帯の女生徒が、訝しげな眼差しをアンリエットに向けた。彼女の意図が掴めず、細い眉を寄せている。 「アンリエット様、これは何かのテェーストですか?」 二十里が目を細め、唇の両端を大きく持ち上げた。それにアンリエットは苦笑を返し、事実を誤魔化しながら説明した。 「いえ。最近読んだ本に載っていて、その解釈しかないのだろうかとちょっと気になったものですから。私も百人一首には詳しくないですし、それで皆さんの意見を聞いてみたくて」 その言葉に生徒達は納得したように頷くと、それぞれ考え込んだ。やがて鞄から自分の端末を取り出し、操作し始める。 一方で二十里は机上に肘を突き、交差させた細い指の上に顎を載せた。口は挟まず、ただ無言で生徒たちの様子を見守っている。 「ロミオとジェリエット的なものを感じます」 最初にそう呟いたのは、ツインテールの女生徒だった。二つに分けた長い黒髪と水色のリボンを揺らし、端末から顔を上げている。 「30、38、20って全部恋歌ですよ。下の方は最後の63だけが恋歌ですが、これって恋人との仲を引き裂かれた男の歌ですよね」 ロマンチックなやりとりだとうっとりする彼女に、眼帯の女生徒が反論した。 「それにしては、一方的すぎないかな」 彼女は鎖帷子の上にジャージを着用した姿だったが、まだ真冬日が続くにも関わらず、太股を剥き出しにしている。 「上の女は未練たらたらだが、逆に男の方はもう過去の事だと割り切っている雰囲気がある」 そして端末を手に、小さく首を傾げた。 「逆に気付かないで返しているとしたら、男の方はかなりの鈍感じゃないか」 「そんな、石流さんじゃあるまいし」 根津が軽口を叩いた。その言葉に周囲の生徒も一緒になって笑っている。その中で二十里は眉を広げ、アンリエットをちらりと一瞥した。 「私は、上と下の男女は知り合いで、とりあえずは良好な関係かと思います」 小さく咳払いして、赤縁眼鏡の少女が口を開いた。 「最後の上の数字は、一見すると振られた女の恨み節っぽいですが、それだと丸で囲まれた81だけ浮いてる感じがするんです」 そして端末を机上に置き、人差し指だけ伸ばした左手を顎へとやった。 「だから、これだけ何か別の意味があるように思えます」 次に口を開いたのは安部だった。 「平安時代では、うぐいすといえば初音のことです」 初音というのは季節に初めて鳴く声を指すのだと、安部は説明した。 「ですのでもしかすると、この歌は初音という名の別の人物を指しているのではないでしょうか」 首を傾げながら話す安部に、根津が口を挟んだ。 「そうすると、初音という人が、その二つの和歌の心境になってるって男に伝えているってこと?」 「なんか修羅場っぽいブー」 ブー太が漏らした感想に、アンリエットは思わず苦笑を漏らした。 予想通り、女生徒達はが恋愛的な解釈をしていた。だからそれもあながち間違いではないのだろう。それに根津が何気なく口にした解釈が、石流の説明に一番ニュアンスが近いような気がする。 「それでアンリエット様、彼らの中にエークセレンットな正解はありましたか?」 二十里はキャスターの付いた椅子から立ち上がると、社交ダンスで女性を誘うかのような、仰々しいお辞儀をしてみせた。 「いえ、実は私にもよく分からなかったものですから。だから皆さんの意見をお伺いしたのです」 アンリエットはそう告げ、黒板消しを掴んだ。そして書き記した数字を綺麗に消していく。 「それなら石流さんに訊いてみましょうよ」 赤縁眼鏡の女生徒が、胸元で両手を叩いて提案した。 「二十里先生が、石流さんはこういうのには詳しいってさっき授業で言ってましたし」 目を輝かせている彼女の横で、眼帯の女生徒は二十里の方へと顔を向けた。その弾みで、ポニーテールにした長い黒髪が小さく揺れている。 「そういやさっきの授業、どこまでが石流さんの受け売りだったんですか?」 「イッツ、シークレェット!」 「どうせ全部なんだろーがっ」 目を閉じて大袈裟に肩をすくめてみせる二十里に、根津は呆れたように吐き捨てた。 「……あの、アンリエット会長」 恐る恐るといった風情で安部に呼びかけられ、アンリエットは黒板消しを置くと、ゆっくりと振り返った。 「はい、何でしょう?」 「石流さんってキョウト出身なのでしょうか?もしくは大学で日本史や日本文学史を専攻していたとか」 「さぁ。お聞きしたところ、キョウト生まれではあるようですが。でもどうしてそう思うのですか?」 アンリエットが尋ね返すと、安部は顎に手をあて、眉を寄せた。 「いえ、私もキョウトにいる間に一通り学びましたが……その時に教わった内容と似ていたものですから」 「何か問題でも?」 「いえ、その、あまり通説ではない視点だったものですから……まるで同じ先生に教わったかのような感じがしまして」 安部は不思議そうに首を捻っている。 「石流さん、妙に古臭いトコロがあるからなー」 根津の軽口に、赤縁眼鏡の女生徒が頬を小さく膨らませた。 「そこがいいんじゃない!」 「そうかぁ?」 力説する女生徒に、根津は気圧されたように肩をすくめた。 「そういえば、百人一首は完全に頭の中に入っているようでしたわね」 アンリエットがそう呟くと、眼帯の女生徒が目を丸くした。 「そうなのですか?」 「実は、先程用事のついでに同じ事を訊いたのですが、すらすらと説明して下さいました」 「おや。どんな答えだったんです?」 アンリエットの言葉に、二十里も興味深げな眼差しを向けている。 「そうですね、皆さんと大体同じ感じでした」 唇の端に小さな笑みを浮かべて返すと、ツインテールの女生徒は興味津々な眼差しを安部へと向けた。 「じゃぁ、安部君もやっぱり古文とか歴史には詳しいんだ?」 決めつけるようなその口調に、安部は視線をさまよわせた。 「いや、その、私は古文方面はちょっと苦手で……」 いつもは自信に満ちた口調が、しどろもどろになっている。 「キョウトの人間だからって、誰も彼もが詳しいわけじゃないのだよ」 溜め息と共にがっくりとうなだれる安部に、眼帯の女生徒が「ドンマイ」と肩に手を置いた。その様子に、二十里は苦笑を浮かべている。 「ビューティフルな怪盗は、予告状や現場にそういう文献や文学から引用したものを残す者もいるからね。最近はすぐに端末で検索できるけど、小林オペラのようにオールマイティな雑学を身につけておいた方がいいよ?」 「うわ、珍しく先生らしいこと言ってる……」 きりりとした表情で吐き出された二十里の言葉に、根津は頬をひきつらせた。 「あ、それで思い出したんだブー」 根津の近くにいたブー太が、手元の端末から顔を上げた。 「キョウトといえば、最近変な噂が流れてるみたいなんだブゥ」 そして端末を操作し、アンリエットの方へ端末を差し出した。 「これだブー」 アンリエットはそれを受け取り、画面をみる。モニターには、国内で最大規模の利用者を誇り、誰もが匿名で書き込める掲示板が表示されていた。しかし匿名である分、嘘と真実、善意と悪意が入り乱れている。様々なジャンル別に話題が細分化されているが、彼が指し示したのは、その中でも怪盗限定の話を取り扱った場所だった。 「学院の生徒として、こういう場所に出入りするのはあまり関心できませんね」 アンリエットはこの掲示板の存在は知っているものの、自ら見ることは殆どない。生徒会長としての見識を小さく漏らすと、ブー太はぼそぼそと言い訳した。 「情報収集の一環だブー。それに見るだけで書き込んでないから大丈夫だブゥ」 生徒達もアンリエットの背後に回り込み、画面へと目を落としている。 「キョウトで天狗を見たんだけど」というタイトルの下に、ただ短く「なにあれ?」と書き込まれていた。そしてその下に、状況が大雑把に記されている。 どうやらこのスレを立てた人物は、キョウト旅行中、ホテルのベランダで恋人と夜景を楽しんでいたら、屋根伝いに走っていく黒影を幾つか見つけたらしい。目を凝らしてよく見るとカラス天狗のお面をつけいて、忍者っぽい格好をしていたと記述されていた。夜なのに何でそんなに見えるんだ、という突っ込みがその文章の下に入っていたが、スレを立てた人物に「だって俺、視覚強化のトイズ持ちだし」と返されている。 「あ、私もそのスレ見ましたよ」 アンリエットの手元を覗き込んで、赤縁眼鏡の女生徒が呟いた。 「調べてみたら、他にも目撃談があるみたいです」 彼女によると、ブログなどネットの界隈で「キョウトで変なものを見た」という話がちょこちょこ出回っているらしい。 アンリエットは再び端末に視線を落として、文章の続きを追った。 最初はスレを立てた人物への質疑応答ばかりだったが、「俺も見たことある」という他の目撃情報が書き込まれ、やがてスレは、雑談を交えながら捨陰天狗党の噂や情報を語る場と化した。 キョウトの地下には凄い宝が隠されているという噂があり、捨陰党がそれを守っている、または独占しているという話があるらしい。そしてその宝を手に入れれば不老不死になれるという話や、石川五右衛門は代替わりしている振りをして、実は戦国時代からずっと同一人物であるという説まで紹介されていた。憶測が憶測を呼び、さらにはそれを面白がった会話が飛び交って、混沌とした雰囲気を醸し出している。 また、以前に比べキョウトに現れる怪盗が増えたらしく、捨陰天狗党を見かけた旅行者の画像や動画がネットに流れ始めているということも記述されていた。何故かそれらは片っ端から削除されていくそうだが、消される前に第三者が保存したものが出回っているのだという。 「最近、妙に捨陰天狗党関連の話題が多いんですよね」 赤縁眼鏡の女生徒は自分の端末を操作し、アンリエットに別のサイトを指し示した。そこには旅行者が撮影したと覚しき黒服の人物が数人写った画像が表示されている。遠目ではあったが、白い長髪のカツラとカラス天狗の面で頭を覆い隠し、黒の忍者服のようなものとマントに身を包んでいるのが分かった。瓦屋根の上に立った彼らは日本刀を構え、ピエロのような格好をした怪盗らしき人影と戦っているように見える。 「この画像は、週刊誌に載っていたのが転載されたものです」 彼女が口にした雑誌はあまりメジャーではなかったが、他の雑誌よりも探偵や怪盗の話題を頻繁に取り扱っていることで知られている。 最近はネットと同様に、こうした雑誌にも捨陰天狗党の話題が載る事があると彼女は話した。 「でも表にこれだけ出ているってことは、怪盗の間ではもっと話題になってるって思うんですけど」 初めて目にする画像と話に、アンリエットは柳眉を寄せた。 「それはいつ頃からですか?」 手にした端末をブー太に返すと、彼は「つい最近だブー」と答えた。それまでは、殆ど話題になっていなかったらしい。 「記事を遡ってみたら、探偵博が始まった頃くらいから急に出るようになったような?」 そう返したのは赤縁眼鏡の女生徒だった。 アンリエットは、二十里へと目を向けた。この手の情報に一番詳しいのは彼だ。 すると二十里はウィンクを返して、アンリエットがヨコハマに戻ってきて学園を再建し始めた頃から、急に捨陰天狗党の噂が出回り始めていると話した。 「でも、捨陰がキョウトに永遠の命を手に入れられる宝を隠してるってありますけど、永遠の命だなんてかなり胡散臭くないですか?」 赤縁眼鏡の女生徒は、そんなトイズや宝は聞いたことがないと鼻先で笑っている。 「うむ、確かに私もキョウトでは聞いたことがないな」 安部も同意し、大きく頷いた。 「でも、なんかロマンチックじゃない?手に入れたくなる気持ちも分からなくはないけど」 「それなら永遠の若さもないとダメじゃないか?」 ツインテールの女生徒の感想に、眼帯の女生徒が肩をすくめた。彼女によると、神に願って掌に載せた砂の数だけの寿命を手に入れたものの、同時に若さを願わなかったせいで、老婆の姿でその長い時間を生き続けることになった女の話がギリシャ神話にあるらしい。 「でもでも、アンリエット様は、永遠の命が手に入るとしたら欲しいですか?」 無邪気に声を弾ませる根津に、アンリエットは目をしばたたかせた。 永遠の命。 それは権力者を中心に多くの人間が望み、渇望したものだった。だが同時に、誰も手に入れることができない宝でもある。だからこそロマンもあるが、アンリエットは小さく肩をすくめた。 「私には必要ありませんわ」 その答えに、根津は大きな瞳を瞬かせて「どうして?」と小首を傾げている。その素直な反応に、アンリエットは笑みをこぼした。 「人は生きているからこそ変わり続けます。いわば、変わり続けているということが生きている証なのです」 そう告げると、アンリエットは生徒達を見渡した。皆目を瞬かせてはいるものの、真剣な眼差しを返している。 「ですが永遠とは、変わらないことです。自分だけがそれでは、つまらなくないですか?」 そこで一息吐くと、アンリエットは唇の両端を小さく持ち上げた。 「探偵であろうと怪盗であろうと、お互いのライバルがいるからこそ、満たされるのです。永遠の命を手に入れたところで、独りきりでは意味がないのではないでしょうか」 例え永遠の命を手に入れても、そこにライバルたるミルキィホームズが居なければ意味がない。 流石にそれは口にしなかったが、アンリエットは唇に微笑を浮かべた。 「私は、永遠とは歴史上の人物のように後世にまで語り継がれることではないかと思います」 アンリエットが出した結論に、二十里は「ビューティフォー!」と呟き、胸元で両手を叩いている。 「さて、ユー達はそろそろ下校したまえ!」 そして話題を打ち切るように生徒達を急かすと、くるくると回りながら肩を露出させた。 「まだまだ陽は短いからね。明るいうちに美しいボクが見送ろうッ」 ジャケットを脱ぎ捨てる二十里の金髪が、夕陽に反射してきらきらと輝いている。 アンリエットが窓辺へと目を向けると、青空に白く煌めいていたはずの陽は赤みを増し、空の半分以上を焦がしていた。薄く広がった白雲も紅に染まり、ゆるゆると流れている。 二十里の言葉で生徒達は席を立ち、それぞれ鞄を手にして廊下へと出た。アンリエットも生徒達と一緒に足を進め、仮校舎の外へと出る。 「気をつけて帰りたまえっ」 「はーい」 「根津君、またねー」 「アンリエット会長、さようなら」 「はい、また明日」 仮校舎の入り口で、二十里は上半身裸のままくるくると回っている。それを華麗にスルーしながら、生徒達はその横に佇むアンリエットや根津、ブー太に手を振り、校門へと去っていった。 アンリエットは暫し生徒達の後ろ姿を見送ると、仮宿舎に戻るという根津とブー太、そして教室に戻る二十里と別れ、池の方へと足を向けた。なんとなく、そちらにミルキィホームズがいるような気がしたせいもある。 暫く足を進めると、茂みをがざがざと揺らして、見覚えのある三毛猫が姿を現した。 |