Monolog

 ねぇ、聞いてくれるかい?


 僕はね、独りになってしまったよ。
 いや、この星に僕しか居ないってわけじゃないんだけどさ。
 何て言うのかなぁ……。
 そうだ、阿僧祇に恋人ができたんだよ。
 ホントだよ?
 怒ると怖いけど結構可愛い子でね、僕は昨日初めて会ったんだけど、からかうと面白い子だったよ。雰囲気はちょっと瀬津名に似てるかなぁ?
 ……そうだね、君はもう知っているよね。

 それでね、阿僧祇が僕に彼女を紹介してから何て言ったと思う?
 「僕は彼女と同じ刻(とき)を生きていく」だって。
 最高の口説き文句だと思わないかい?
 ……ああ、彼の目は本気だったよ。

 だからかな。独りになってしまったなんて思うのは。
 てっきり、僕の手伝いをずっとしてくれるものだとばかり思っていたんだ。
 今までがそうだったから。
 でも、これからは違う。彼は僕じゃなくて、完全に瀬津名の方に付いちゃうんだよ。
 嬉しいかい?
 ……ああ、君に訊いても仕方がないことだっけ。

 別に阿僧祇を恨んでいるわけじゃないさ。
 正直、ちょっと羨ましいと思ってる。
 好きな人と一緒に、同じ時間を生きていけるんだから。
 ……ま、それも一つの道だよね。

 でもね、胸の奥でなんだかよく分からない感触がするんだよ。
 もやもやとか、ズキズキとか、チクチクというのとは違ってね。
 何て表現するのかなぁ……。
 僕は君みたいにそういう言い回しが得意じゃないから、よく分からないよ。
 痛いとか、辛いとか、そういうのとも違う感じだし。
 おかしいよねぇ。別に辛いとか哀しいとか思ってないのにさ。
 ふふ……僕らしくないって思うかい?
 そうだね。自分でもそう思うよ。



 ねぇ、また僕の話を聞いてくれるかい?

 僕はこの星に来てからずっと独り暮らしだったんだけどさ、今はザイグル星人と一緒に住んでいるんだ。
 彼が来てからは、毎日が斬新で楽しいよ。
 最初は、地球の慣習に慣れていなくて妙な事ばかりやっていたけど、今では美味しいお茶を入れられるようになったし。
 それに、機械的だった喋り方も、最近では、結構感情が出るようになったんだ。
 ……やっぱり嬉しいかなぁ。
 実は、ザイグル星が連邦に加盟するちょっと前に行ったことがあるんだけどね、その時に会ったザイグル星人によく似ているんだよ、彼は。もしかすると、彼はその子孫なのかもしれないねぇ。時々そう思う時があるよ。
 でもね、久し振りに彼らに会った時は、ちょっと変わっていたんだ。
 だって、前に会ったザイグル星人達は、とてもノリが良くてお喋り好きだったのに、彼らときたら、笑顔すらろくにできないんだよ?ずっと戦争していたせいなんだろうけど。
 だからかな。彼より先にココに来ていたザイグル星人に、僕達と会った歴史は存在しないだなんて何度も言われて、なんだか、今まで自分がやってきたことを全部否定された気分になってね、ちょっとムキになりすぎちゃったんだ。彼には可哀想なことをしたと思ってる。
 それでね、僕の同居人も、ぎこちないけど笑顔を浮かべられるようになったよ。
 多分、周りの地球人の影響もあるんだろうね。笑顔だけじゃなくて、色んな表情も出るようになったと思うよ。地球人に比べたら、まだまだ硬いけど。
 彼と居ると、やっぱり独りはつまらないと思うよ。食事時は特にね。
 ……でも、それでも僕は独りなんだと感じることが時々あるよ。
 ハハ……なんでだろうね。自分でもよく分からないなぁ。



 ねぇ、もう少し僕の話を聞いてくれるかな。

 君は阿僧祇の所の子を知ってるかい?統原無量っていう名前なんだけどさ。
 あの阿僧祇の孫らしいんだよ。本人達がそう言っているだけで、ホントに孫かどうか怪しいけど。
 阿僧祇も最近はすっかり落ち着いちゃってねぇ……。一緒に着替えを覗きに行ったり、料理を摘み食いしたりと、一緒に悪ふざけをしていた頃が懐かしいよ。
 それでね、その阿僧祇の所の子を初めて見た時は、ちょっとビックリしたんだ。
 だって、君とそっくりな瞳をしていたんだ。一瞬、君かと思ったよ。
 でも、すぐに違うって分かった。
 確かに瞳は似てたけど、雰囲気とかチカラは全然違っていたからね。
 それに、彼からは君の気配は微塵も感じられなかったよ。
 でも僕も、やっぱり瀬津名みたいに期待していたのかな。
 ふふ……おかしいかい?



 それでね、今日……頼まれたよ。
 明日連邦との会合があるから、連盟の人を呼んで欲しいって。
 だから、そろそろ僕は、僕の役目を果たそうと思うんだ。



 ねぇ、愚痴になりそうだけど、僕の話をもう少しだけ聞いてくれるかい?

 ……本当はね、僕は「判定者」なんてなりたくなかったんだよ。
 “絶対の正義、絶対の真実。その名の下に、人の命のみならず、惑星さえも消し去ることのできる唯一無二の存在”だなんて定義されてるけどさ、そんなもの、ありえないと思うんだよ、僕は。
 ありえないから、そう定義したのかもしれないけど。
 ……馬鹿馬鹿しいと思うよ、本当に。
 体よく、面倒な事を全て押しつける為に「判定者」なんてモノを作ったじゃないかと思っちゃうよ。
 僕が全てを投げ出して、逃げちゃったらどうするつもりなんだろうね、連邦も連盟も。
 ……ああ、そうか。
 僕にはそんな事が出来ないって分かり切っているから、僕にしたのかな。
 もしかして、君もそう思っているのかい?
 ハハ、参ったなぁ……。


 瀬津名はね、君がまだ生きていると思っている。
 残ったチカラの中に、君の心が残っていると信じている。
 でも僕は違う。
 君を殺した僕が一番よく分かっているつもりさ。
 そのせいかな。瀬津名は僕を憎んでいると感じることがあるよ。
 だって、この星に来てから殆ど口を聞いてくれないんだ。
 あんなに仲が良かったのにって思うかい?
 ……君のせいじゃないか。
 君が無理をするから。無理はするなってあれほど言ったのに。何度も何度も念を押したのに。

 はは……ゴメン。
 僕は別に君を恨んでないよ。
 全然……と言うと、ちょっと嘘になるけどね。
 むしろね、僕は自分自身が許せないんだ。もっと早く気付いていれば、君を助けることができたかもしれない、間に合ったかもしれないじゃないか。
 ……でも、もう過ぎたことだ。
 仕方ない。仕方ないんだよ。
 そう思うことにしているんだ。


 そうそう、実は、僕と瀬津名はある賭けをしている。
 だけど僕は、瀬津名に勝って欲しいと思っている。かなり確率は低いけどね。
 でも……ちょっとだけ期待しているんだ。
 だって、この星の未来を決めるのは、この星に住んでいる人達であるべきなんだ。
 僕たちじゃない。
 だから、その未来を生きるあの子達に、ちょっとだけ期待しているんだよ。
 瀬津名みたいにね。
 はは……僕がそんな事を言うのはおかしいかい?
 そうだね、それじゃぁ賭けにならないしね。駄目だよね。
 でも……その賭けの内容が君だって言ったら、怒るかい?
 まぁ、それぐらいは勘弁して欲しいなぁ。
 そうそう、言い出したのは僕だから、瀬津名には怒らないでくれよ?


 ねぇ、ムゲン。
 僕はね、この星が好きだ。
 この星に住んでいる人達が好きだ。
 ……本当は好きになるつもりはなかったのに、いつの間にか好きになっちゃったよ。
 面白い所だよ、ここは。

 だから僕は、出来れば君に出てきて欲しくないんだ。
 君に会えば、僕はまた君を殺さなくちゃいけない。
 それが君の姿をしているだけで、君はその中にはいないと分かっていても、結構辛いんだよ。
 だって……だって僕達は、友達じゃないか。
 もう嫌なんだよ。友達を殺すのは。
 
 でも、やるよ。やらなきゃいけない。
 多くの命を守る為に、僕は君ごとこの場所を消すよ。
 好きだから。僕にとって大切な場所だから。
 だからそう決めていたんだ。
 それに僕は「判定者」だしね。役目を果たさないといけない。
 君との約束もよく覚えているよ。だからもう躊躇わない。
 ……でも“絶対の正義、絶対の真実”なんて信じていない僕が、それを建前にするだなんて、おかしな話だよねぇ。
 そうは思わないかい?


 ああ、もうすぐ日が昇るね。
 連邦と連盟の船がもうすぐここに来るよ。
 ここだけの話だけどね、実は……この星の、この街の人達がどんな顔をするか、ちょっと楽しみなんだ。
 みんなどんな顔をするだろうねぇ?
 僕の同居人の反応も楽しみだよ。


 ねぇ、ムゲン。

 僕はまた君を殺しに行くよ。
 何度も何度も、君が消えるその日までずっと、僕が君を殺し続けるから。


 だから。



 さぁ、終わらせよう……瀬津名。
<終>
戻る あとがきページ