「日曜の昼間って、ホントつまんねぇ番組ばっかだよなぁ」 ラットはリモコンのボタンを押すと、大きく息を吐いた。テレビのチャンネルを次から次へと切り替えてみるが、どこも二時間ドラマやバラエティ番組の再放送ばかりで、興味を引かれるものがまるでない。ましてやゴルフや野球中継など見る気にもなれず、ラットは手にしたリモコンを、木製テーブルの上へ乱雑に放り投げた。 「ひまー」 そして大きく伸びをすると、手近にあったベージュのクッションを抱えた。腰を下ろしているソファーに深くもたれ掛かり、胡座をかく。 抱き抱えたクッションの上に顎を載せて再びテレビに目をやると、年若そうな男性アナウンサーと料理研究家という肩書きが付いた年輩の眼鏡女性が、にこやかに会話を続けながら野菜を切っていた。 「暇なら勉強でもしたらどうだ」 淡々とした低い声音がソファーの脇から響く。ラットがそちらへと首を動かすと、フローリングの床にストーンリバーが膝を広げて正座していた。時代劇で侍が書物を広げる時に使っているような木製の台を身体の正面に起き、その台の上に分厚く大きな本を載せている。その脇には、栄養学や学校給食に関する本が数冊積まれていた。 髪を後頭部でひとまとめにしているのは怪盗時と同じだったが、モスグリーンのYシャツにベージュのパンツという出で立ちのせいか、怪盗時と比べてかなり柔らかめの印象に変わっている。 一方ラットは赤と黒のチェックのパーカーに白のTシャツ、黒の半ズボンというラフな出で立ちだった。 「やだよ、面倒くせぇ」 ストーンリバーがラットの方へちらりと視線を投げかけると、ラットはすぐに顔を背けた。そしてソファーに深く身体を沈め、天井を見上げる。 スリーカードの三人でウィークリーマンションに潜伏するようになって、十数日が経っていた。 怪盗帝国を結成して最初のうちは携帯端末などで連絡しあって落ち合った後、怪盗として活動、解散という形をとっていたが、「少し不便ですわね」というアルセーヌの提案により、このマンションで共同生活をすることになった。といっても、探偵学院に潜入する準備が整うまでの間だ。 教師や用務員兼コックとして潜入しなければならない他の二人と違って、生徒として潜入する自分には前準備というのが殆ど必要ないとラットは気楽に構えていたが、先週末にここを訪れたアルセーヌから教科書と参考書をどさりと渡された。「ちゃんと予習しておいて下さいね」と微笑まれれば、どんなに面倒でも勉強せざるをえない。 ラットは教科書に一通り目を通し、とりあえず授業についていくには問題なさそうだと判断した。だが、プロファイリングなど探偵業に関する教科書を見ると、この先いけ好かない探偵見習い達と四六時中一緒に居ないといけないという事実を突きつけられ、自然と気が重くなる。「探偵に必要な知識というのは怪盗にも必要な知識だよ」というのはトゥエンティの弁だったが、ラットにはいまいち実感が伴わない。 ラットは再び大きく伸びをして、テレビへと目を向けた。画面の中では、大きなフライパンに赤いスープが満たされ、米と魚介類が煮込まれている。そこに切り刻まれた野菜が投入され、蓋がされた。このまま弱火で煮込み続け、その間に別の料理を作るのだとアナウンサーが解説した。 「なぁ、ストーンリバーってこういうのも作れるの?」 何気なしにラットがストーンリバーの方へ顔を向けると、彼は黙読していた本から目を上げた。 「食べたいのか?」 「別にそういうわけじゃないけどさぁ」 切れ長の瞳を向けてくるストーンリバーに、ラットは軽く眉を寄せた。 「赤いから、辛いのかなって」 「あの赤さはトマトスープの色だから、辛くはないな」 そう答えると、ストーンリバーは画面の片隅にテロップされている材料を見つめ、パエリアというスペイン料理だと説明した。 「パプリカと冷凍エビの買い置きはあるから、出来なくはない」 「へぇ」 ラットの最初の問いに、ストーンリバーは調理方法を知っているか否かではなく、材料の有無で返している。 「唐辛子を多めに入れれば辛くできるが、辛い方がいいのか?」 真面目な顔で問うストーンリバーに、ラットは戸惑った。 「そりゃまぁ、俺は辛い方が好きだから、辛くできるならそっちの方がいいけど……」 「お前の年頃で辛いものばかり食べ過ぎていると、背が伸びないぞ」 「大きなお世話だっつーの!」 淡々と指摘するストーンリバーに、ラットは怒りを露わに声を荒らげた。 歳が離れているストーンリバーとトゥエンティが大きなだけで、同年代と比べれば自分は小さくない。ラットはそう抗議したが、ストーンリバーは顎に片手をあて、何かを考え込むような仕草をしている。どうやら今夜の献立を思案中らしい。 「だから人の話を聞けってばッ!」 身を乗り出してラットが叫ぶと、ストーンリバーは琥珀の瞳を彼へと向けた。 「ふむ。暇なら、買い出しに行くから手伝え」 「別にいいけどさぁ……」 あくまでマイペースさを崩さない彼にラットは深く溜め息を吐き、肩を落とした。それでも部屋でうだうだしているよりはマシだと考え直し、抱えたクッションを脇へと置く。 「トゥエンティはどうしている?」 「部屋に籠もったままだけど」 思い出したように尋ねるストーンリバーに、ラットは首を傾げた。 トゥエンティは昼食時には姿を見せたが、学院に潜入するのに必要な書類がまだ出来ていないと言い残し、ずっと自室に籠もったままだ。 「今日はトイレットペーパーが安いから、アイツにも手伝わせよう」 主婦のような発言をこぼしながら、ストーンリバーは書見台に広げた本を閉じた。そして腰を僅かに浮かしたところで、賑々しい音と共にダイニングの扉が大きく開かれた。 「呼ばれた気がして美しい僕、参上ッ!」 廊下から部屋の中に滑り込むように、トゥエンティがダイニングに姿を現した。胸元を少しばかりはだけさせたワインレッドのYシャツに白のパンツスタイルという派手な出で立ちで、手にはA4サイズの白封筒を持っている。 「部屋で何をしているんだ」 片膝を立てたストーンリバーが訝しげな目を向けると、トゥエンティは小さく舌を出した。 「んんー、いやね、学院に潜入する時の名前をまだ考えあぐねていてネ?」 「まだ提出していなかったのか?」 呆れた表情と共にストーンリバーが立ち上がった。 「学院への潜入は来週から始まるんだぞ」 眉を潜めるストーンリバーに、トゥエンティは小さく舌を出している。 三人一緒だと目立つという理由から、前任者と引継をする必要があるストーンリバーが、まず最初に学院へ潜入することになっていた。次にラットが転入し、最後にトゥエンティが赴任するという順で、ここを引き払うのもトゥエンティの手筈になっている。 「いやぁ、名字は決まったんだけど、なかなかグッドな名前が思いつかなくてさ」 トゥエンティは苦笑しつつソファーの傍らに歩み寄ると、ストーンリバーとラットに向かい合うように、L字型に配置されたソファーの端に腰を下ろした。長い脚を組み、天井を見上げるようにソファーに深く身を預けている。 「そういう君らはどうなんだい?」 「私はとうの昔に提出済みだ」 トゥエンティが手にした封筒を片手でひらひらさせながら口を開くと、ストーンリバーは深く息を吐き出した。そして胸元のポケットからプラスティック製のカードを取り出し、トゥエンティへと突きだした。 ラットがそちらへと顔を向けると、人差し指と親指で挟まれた名刺サイズのカードには、微笑を浮かべたストーンリバーの顔写真の横に見慣れない名が記されている。 「石流漱石ぃ?」 ラットが記された名前と顔写真、そしてストーンリバーの顔を見比べると、トゥエンティは小さく眉を開いた。 「あぁ成る程、君にしては洒落が効いてるねェ」 ケラケラと笑って、蒼い瞳をさらに細めている。 「でも随分安直じゃないかい?」 トゥエンティが感想を告げると、ストーンリバーは眉一つ変えることなく、カードを再びポケットに仕舞った。 「料理人として潜伏する時は大抵、この名で通している」 「へぇ。それで足がつかないものなの?」 「調理人が店を転々とするのは珍しくないからな。名を固定しておけば、腕に関する噂は流れても、素性に関しては深く詮索されない」 「ふぅん、随分寛容な業界なんだねぇ」 どんどん話を進めていく二人に、ラットは慌てて口を挟んだ。 「おい、オレにも分かるように説明しろよ!」 「ん?何をだい?」 トゥエンティは声を荒らげるラットに顔を向けると、小首を傾げてみせた。 「ストーンリバーの名前の意味だよ。安直だとか洒落が効いてるってどういうことだよ?」 「あぁ、そのことか」 トゥエンティは上目遣いでストーンリバーを見上げたが、彼が自分で説明する気がないと見るや、唇の端を小さく持ち上げた。 「ストーンリバーの名をそのまま漢字で表すと「石川」になるけど、それだと安直だから「川が流れる」の「流」にしたんだろう?」 そしてラットへと視線を移し、苦笑を浮かべた。 「で、「石流漱石」といえば中国の故事に「漱石枕流」とか「枕流漱石」という言葉があるのさ」 手にした封筒をゆらゆらと揺らしながら、トゥエンティは「流石」と書いて「さすが」と読む語源になった故事だと説明した。 「石に漱(くちすす)ぎ、流れに枕すって言い間違えたって話なんだけど、そこから転じて、負け惜しみが強いとか潔くないという意味なんだよね」 教員として潜入するだけあって、トゥエンティの解説は淀みない。 「へぇ、夏目漱石じゃないんだ?」 ラットが目を丸くすると、トゥエンティは小さく頷いた。 「夏目漱石の本名は金之助っていってね、漱石っていうPNの由来はまさにその故事からきているんだよ」 トゥエンティは小さく肩をすくめて両手を軽く持ち上げると、垂れ目がちの蒼い瞳をストーンリバーへと向けた。 「どうだい、間違ってるかい?」 ストーンリバーは両腕を組んだまま、無表情にトゥエンティを見下ろしている。それを無言の肯定と受け取ると、トゥエンティは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ラットへと身を乗り出した。 「で、ユーはどんな名前にしたのかな?」 「へ?オレ?」 話の矛先を急に向けられ、ラットは戸惑った。 「アルセーヌ様が本名を流用してもいいって言ってたから……」 口ごもりながらもパーカーのポケットから生徒手帳を取り出し、最初のページを開いて差し出した。 むすっとした表情で映った顔写真の横には「根津次郎」と記されている。 「へぇ、これが君の本名なのかい?」 「ちげぇよ!あくまで一部だよ、一部!」 目を丸くするトゥエンティに、ラットは唇を尖らせた。 「大体、アルセーヌ様だって本名のままじゃんか」 口の中でもごもごと文句を繰り返しながら生徒手帳を再び仕舞うと、ラットは傍らのトゥエンティを見据えた。 「で、お前はどんな名前にしたんだよ?」 「うん、名字を「二十里」にするっていうのはもう決めたんだけどねっ」 トゥエンティは嬉々とした様子で手にした封筒から書類の束を取り出すと、一番上に載せた一枚をラットへと差し出した。 履歴書のようなそれには、真面目な表情を浮かべたトゥエンティの顔写真が貼られてはいたが、名前欄は空欄のままになっている。 「お前、変装でしょっちゅう偽名考えてたりするんじゃねーの?」 ラットが率直な感想を洩らすと、トゥエンティは書類の束を手にしたまま小さく肩をすくめた。 「ノンノン、わかってないなぁ」 空いている右手の人差し指を伸ばし、小さく左右に振っている。 「そういう時はごく平凡なネーミングにするものさ。その方が記憶に残りにくくなって、目撃証言も曖昧にできるからね」 そしてトゥエンティは組んだ足を戻すと、大きく身を乗り出した。 「でも今回はちっがーう!」 大きな音と共に両手をテーブルに叩きつけると、うっとりと目を細めた。 「美しいこのボクが!教壇に立つにふさわしい美しい名前を考えないといけない!」 そしてYシャツのボタンを一気に外すと、肩を露出させて立ち上がった。 「故に、生徒たちの記憶に美しく残り、誰とも被らない美しい名前でなくてはならない!」 「あー、うっとうしー」 胸元を大きくはだけさせながら恍惚とした表情を浮かべるトゥエンティに、ラットは呆れた眼差しを向けた。ストーンリバーもラット同様に、深い吐息を洩らしている。 「ならば、お前が美しいと思うものは何だ?」 眉を寄せるストーンリバーに、トゥエンティは何度か目を瞬かせた。 「ボクだよ?」 「……それ以外でだ」 「うーん、宝石や美術品とか……?美術品だと、古代ギリシアの彫刻やルネッサンス時代の絵画もいいよね」 小首を傾げながらも、ストーンリバーの問いに真面目に返している。 「あとはそうだね……夕陽や朝陽は素晴らしいと思うよ。特に山に登る朝陽は美しいけれど、海に沈んでいく夕陽は格別だねっ」 「じゃあ「陸人(りくと)」とか?」 ラットが適当に思いついた名前を口に出すと、ストーンリバーも思案するように小さく頷いた。 「同じ読みなら「陸斗」や「陸翔」というのもあるな」 「陸を翔るで陸翔か。ストーンリバーにしてはいい案じゃないか」 トゥエンティは満足げに笑みを浮かべながら、手にした書類の束をめくった。ラットがそれをちらりと盗み見ると、氏名と所属するクラス、そして所持しているトイズが記されている。どうやら学院に所属する全生徒の名簿らしい。 トゥエンティは口笛を吹きながら書類をめくっていたが、やがて顔を曇らせた。 「ダメだね、もうそういう名前の生徒がいる」 「え、マジで?」 まさか本当にそういう名の生徒が存在するとは思わず、ラットは目を丸くした。 「見たまへッ。文字もそのままで陸翔って子がいるッ」 トゥエンティが付き出した名簿に、ラットは呆れると同時に読みにくい名前を付けられた生徒に僅かばかり同情した。最も、探偵になればそれくらい派手な名前が必要なのかもしれないが。 「ストーゥンリバァー、君、そういう名前の生徒がいるのを知ってて言っただろう?」 「さて」 トゥエンティは名簿を付き出したまま、拗ねたように唇を尖らせ、抗議の眼差しをストーンリバーへ向けている。だがストーンリバーは、我関せずといった様子で彼を見下ろしていた。 放っておけばまた口喧嘩しそうな空気が流れ、ラットは半ば投げやりに口を挟んだ。 「もう夕陽とか太陽でいいじゃん。確か昔の映画とかで、綺麗な人に「君は僕の太陽だ」とかって言ってたんだろ?」 「えー、太陽って字面は男臭くて美しくなーい!」 ラットの言葉にトゥエンティが子供っぽく頬を膨らませると、ストーンリバーがぽつりと呟いた。 「沖縄の言葉では太陽のことを「テダ」という」 「テダだと美しくないから……ティーダ?」 トゥエンティの思いつきに、ラットは軽く眉を寄せた。実家にいた頃に遊んだゲームの中で、そういう名前の主人公がいたような覚えがある。 「二十里ティーダ?ティーダ二十里?」 トゥエンティは小声で何度も繰り返していたが、すぐにきりりとした表情を浮かべ、テンション高く言い放った。 「響きが美しくないから却下っ!」 「めんどくせぇ……」 ラットはうんざりとした表情を浮かべ、ソファーの上で胡座をかいたポーズのまま足首を掴んだ。 何でもいいからさっさと決めろよ……と呆れていると、腕を組んで思案していたトゥエンティが、急に顔を輝かせた。 「渚!渚はどうだい?」 「……バルコニーで待つのか?」 トゥエンティの言葉に、ストーンリバーが小さく呟く。 「え?どういう意味?」 ラットがストーンリバーへと顔を向けると、彼は小さく頷いた。 「渚とは主に海や湖の波打ち際のことを指すが、境界を意味する言葉でもある」 「いや、それもあるけどお前のさっきの発言の方だってば」 「気にするな」 取り繕うように、ストーンリバーは小さく咳払いをした。うやむやに誤魔化されてラットは唇を尖らせたが、トゥエンティはその名が気に入ったようで、何度も大きく頷いている。 「二十里渚!うん、実にビューティフォーな響きじゃないかッ!」 ようやく納得できる名に至ったのか、トゥエンティは無邪気にはしゃいでいる。 しかしそれに水を差すように、ストーンリバーは冷静な声音で指摘した。 「だがトゥエンティ、「渚」は女にしか使われない名だ」 その言葉に、トゥエンティは目をしばたかせた。 「あー、確かに女の人によく見かける名前だよなぁ」 ラットもストーンリバーに同意し、苦笑を浮かべた。 「美しい名前に性別は関係ないッッ!」 トゥエンティは抗議の声を挙げたが、ストーンリバーは聞く耳持たないといった様子で、切れ長の瞳を彼へと向けている。 「呼ぶ方の身にもなれ」 「ノゥ……」 賛同を得られず、トゥエンティは大きく肩を落とした。 「じゃぁ、もういっそのこと海でいいじゃん」 溜め息と共にラットが言い放つと、トゥエンティはむすっと頬を膨らませた。 「ニジュウリウミじゃ、響きが全然美しくないじゃないかっ!」 だがストーンリバーは、ラットの言葉に小さく眉を寄せた。 「海は音読みするとカイだ。そちらならどうだ?」 「ニジュウリカイ?」 ストーンリバーの提案に、トゥエンティは小首を傾げている。 「ふむ……?」 そして書類の束を再び手に取って、ゆっくりとめくった。ソファーにすとんと腰を下ろし、確認するように名簿を凝視している。 「響きも美しいし、他の生徒と被っていなさそうだね……?」 トゥエンティは次々にページをめくり、最期のページを確認し終わると、手に取った名簿をそっとテーブルの上に置いた。 「海は美しい。けれど板一枚下は死と隣り合わせの恐ろしい場所だからね。まさにビューティフルな怪盗の僕にぴったりじゃないかい?!」 トゥエンティは目を輝かせて、ストーンリバーとラットを見上げた。垂れ目がちのその瞳は、海の蒼というよりは晴天のような蒼さを湛えている。 「ギリシャ神話の美の女神、アフロディーテも海の泡から誕生したしね!」 トゥエンティはバレエのように大きく片足を持ち上げて立ち上がると、上に羽織っていたシャツを脱ぎ捨て、その場でくるくると回った。 「二十里海!エクセレント!ビューティフォーッ!ボクの名前はそれに決めたよッ!」 「はいはい、じゃぁさっさとアルセーヌ様に出してこいよー」 封筒と書類を手にスキップで自室へと戻っていくトゥエンティを、ラットは呆れた眼差しで見送った。その横では、ストーンリバーが眉間に皺を寄せている。 「相変わらず、何を考えているか分からん奴だ」 呆れた口調で溜め息を吐くストーンリバーを、ラットは横目で伺った。 ヨコハマ近辺を活動範囲にしていたラットにとって、彼らと初めて遭遇したのはヨコハマだった。だからラットにとって彼らは、今では同じ怪盗帝国の仲間ではあるものの、それ以前は「たまに現場でかち合ういけ好かない同業者」という認識でしかない。 だが本人たちの話によると、トゥエンティとストーンリバーは香港や北京など現場で何度か遭遇し、争った事があるらしい。 「お前らって、付き合い長いんだっけ?」 ラットが上目がちにストーンリバーを見上げると、彼は眉間の皺をさらに深くした。 「別に。アイツが私の行く先々に現れただけだ」 そう否定し、ストーンリバーは背を屈めた。床に積んでいた書籍と書見台を拾い上げて両腕に抱え、ダイニングキッチンの方へと足を向けている。そしてダイニングテーブルの上に本を置き、木製の椅子に書見台を立て掛けた。 「普通、他の怪盗が予告状を出した現場に来るか?」 物言いたげな琥珀の瞳が、肩越しにラットを見据えている。 頭上でひとまとめにしたストーンリバーの黒髪が、小さく揺れた。 「知ってたら多分行かねーなぁ」 ラットが苦笑交じりに素直に答えると、ストーンリバーは溜め息と共に振り返った。 「まぁ、まともな名前に決まって良かった」 僅かに目を細め、口元を緩める。 その眼差しは、認めたライバルというよりも、よくドラマで見かけるような、ダメな級友に向けるクラス委員長のそれに似ていた。 「どうせ呼ぶとしたら我々くらいだろうからな」 「まぁ、確かに……」 どうせ生徒からは「二十里先生」としか呼ばれないだろうし、自分たちも名字でしか呼ばないような気がする。 「細部にも拘るのはアイツの美点ではあるが」 ストーンリバーは小さく息を吐くと、トゥエンティが去っていった扉をちらりと一瞥した。呆れつつも、彼の事を認めていないわけではないらしい。 そして冷蔵庫へと足を向けると、扉を開いて中を覗いた。視線を巡らせて扉を閉じると、次に冷凍庫を開き、冷凍エビを取り出す。 そして手にした冷凍エビを流しの上に置くと、ストーンリバーはラットへと顔を向けた。 「今から商店街に買い出しに行くが、暇なら手伝え」 「別にいいけど……」 テレビを見ながら他意もなく訊いた料理を、本当に作るつもりらしい。 ラットがテレビへと視線を戻すと、料理番組は既に終わり、プロ将棋の試合解説に変わっている。 そんなつもりじゃなかったんだけどなぁと頭をかきながら、ラットはソファーから腰を上げた。 <了> |